煙草の話。
かつての私は、一日ひと箱程の喫煙者だった。
愛飲煙草はCAMEL。
世界中どこに行っても置いてあるから、お土産にもCAMELを頼んだし自分でも買えるだけ買ってたりしていた。両切りなども、嬉々として吸っていた。
CAMELがないときはLUCKY STRIKE。
けっこう強めのものを好み、細身の「お姉さん煙草」というものは自発的には吸ったことがなかった。
現在、ノンスモーカーである。
最後の一本がいつのことだったか記憶していないが、10年日記を目を皿にして探せば出てくるかもしれない。
ただ、その日を最後にするつもりだったかもわからないから、書いてないような気もする。当時は、まだ煙草がやめられない、もうちょっと…、この一箱で最後にするから、みたいな感じだったので。
十四の頃に隠れて吸って、父にバレて、なぜか「18までは吸うな、あとは自分で決めろ」と言われて、それがあまりに淡々と静かに言われたものだから震えあがってやめて、大学の頃にまた、吸うようになった。
時々吸わない期間があったものの、なんでしょうかね、場所の雰囲気とかかな。
その頃には弟も吸ってたし、成人後は、どれだけ吸っても父は何も言わなかったので、ある意味筋が通っているなと感心したのを覚えている。
けど、煙草の各ヤニ問題には辟易としたし、煙草臭いところは好きじゃなかった。
どんどん値上がりするし、喫煙を忌み嫌う風潮には少々苛立ちを抱えつつも、いずれはやめるという気持ちは常にあった。
でも、CAMELは当時どこでも確実に売っている銘柄じゃなかったり、気に入っていたものの販売が終わったりしちゃうからと、なるべくカートンで買っておかないと面倒だったのもあって、これで最後の一本にしようというタイミングが自分の感覚とばっちりはまる瞬間が中々訪れなかったのは、覚えている。
それでもいっとき、半年ほど禁煙に成功したことがあった。
当時も話題だったこの本を読んだ直後だ。
すぱっと止められた。「すぱっ」というか、「す」ってかんじ。本当に、意志の禁煙じゃなく、なんとなしに吸う気が失せたとでも言おうか。
その後、なんでだか「すぐやめられるし、試しに吸ってみよう」とか思っちゃって、1本吸ったら、結局その週の間に、悪習慣が復活してしまっていた。
その後は開き直ってもうやめない!とか思ったりもしたけど、結局この本を3回くらいまた読み直したけど、効果があったのは初めて読んだときだけだった。
そしてまた、今から7,8年ほど前に、すごく強く思ったの。
煙草をやめようって。
なんでだったかな。
ただ、クリスチアーノ・ロナウドのアスリートスピリットに感動したということが関係していたような気がする。ちょっとはっきりとは覚えてないけど。
血液は半年で全部入れ替わるから、半年で身体はきれいになる!とか思って頑張ろうとしていたような気がする。
いわゆる精神力の禁煙だったのだろうけど、今までに比べると、ものすごく頑張らなくても済んだ気がする。時々、吸ったりもして、だけど、それは許容範囲っていう、柔軟な感覚だったと思う。
私はとにかく、一事が万事ゼロか百かだったから、そこは禁煙にも大きく影響していたはず。
1本吸ったからって、この世の終わりじゃないって自分を落ち着かせる、そんな感じ。
なんだかんだ、完全に吸わなくなるまで数か月を要したと思うけど、
やめようやめようと動いていた頃に、決定的な事件が起きた。
同居人ちゃんが大病をしたのだ。
煙草の煙なんてもってのほかの身体になってしまった。
ついでに言うなら、父もその後に癌患者になったりとかして、とにかく、煙草?何言ってんの?みたいな環境がぐぐっと迫ってきた。
半年くらいは会社に行ったときだけ、ちょっと吸う、みたいなこともありつつ、ノンスモーカーになってから、6年目に入った。
これは、ものすごくマイナス要素からの圧力だったけど、あの時感じたほどの恐怖心が必要だったのかも、とも思ったりする。
久々に、禁煙セラピーの話をしてる人がいて、色々思い出してしまいました。
愚かな私は「試しに」という訳の分からんことを言いながら、再び手を付けてしまったけど、この本はほんとにすごかった。
なんでなのか、どこがそんなに訴えてきたのか、そういう部分が私は分からなくて、読んでいる間中、やめられるとは思っていなかった。ただ、徐々に、ページが進むごとに、読み終えるのが怖いと思いながらも、早く読み終えて煙草もやめちゃおうとか、最後のページと最後の一本のタイミングを揃えようとしたりはした記憶がある。
そして、2冊目(最初の本を3回ほど読み返したけどダメで、新たにもう一冊買ってみた)は効かなかった。それもなんというか、魔法みたいだって、不思議になったんだよね…。
禁煙したい人は読んでみるといいと思う。うん。

