久々に劇場でー『恋人はアンバー』

原題:Dating Amber
2020年 アイルランド
監督・脚本:ディヴィッド・フレイン
出演:フィン・オシェン、ローラ・ペティグリュー、シャロン・フォーガン、バリー・ワード、シモーヌ・カービー
1995年のアイルランドの田舎町(首都まで電車で2時間弱くらいなのかなと推察)の閉鎖的な社会が舞台。主人公はいわゆる高校3年生。大学進学とかは考える子はほとんどいない町のよう。
社会に出る前の最後の時間での少年少女の目下の話題は周囲の性事情。露骨すぎる各グループの耳年増キャラがそちらに関心のないやつには単純に同性愛者のレッテルを貼っていくような、多様性を謳う現代では考えられない極端なコミュニティの中で苦しむエディとアンバーが、雑音回避のために協定を結び偽カップルとして残りの高校生活を過ごそう、という話。
ネタバレはしていないと思いますが、観てみようかなって思った人はここでやめたほうがいいかもです。
90年代のアイルランド?嘘でしょ、せいぜい80年代じゃないの?って思ってしまったけど、90年代って、ざっと30年前なのよね。
自分の年齢を考えたときに、20歳だった私なのだけど、この環境はぞっとする。
特にエディは、軍への入隊を考えていて、だけどそれは本人の心からの望みではなくて、軍人である父親からの期待、男たるやこうあるべきという周囲の目からの選択なだけ。
子犬のような真ん丸の目で、必死に自分のコミュニティであるべき姿を見極めようとずっと小さく震えているような悩める彼。
一方アンバーは、父を亡くしたことでショックを拭えず硬く悲しみに閉じている母とふたりで、自分のことをよく理解しており、先を見据えて強く行動している女の子。
強く見えても学校での異質物扱いには辟易としていて息苦しそう。
そんなふたりが手を組んだからこそ見えてきた新しい世界と現実と、その先へ行こうとするお互いの感覚の違いは、むずむずとたまらないものがあった。
こんな風に悩み苦しむ若者がいまもどこかにきっといるんだなと思うと、切ないし甘酸っぱいし。
あの頃に戻りたいとか、やりなおしたいとか、そういう感覚は、もはやないのだが、それはいいことなんだろうか?
今が一番楽しいって、素敵なことかもしれないけど、妥協しちゃったとか諦めちゃったってことじゃないのかなんて、ふと思ってしまった。
こういう映画は、女の子の方が絶対強めで、決断力があって、男の子の方がどうしても優柔不断に描かれると思うんだけど、気のせいかな。男子の方が親からの期待の質が重たいのかなぁ….。
ま、心身ともに女子の方が成熟が早いって生物的なことはあるんだろうけど、逆のパターンはないんだろうか。
女子がなかなか自分を理解しきれず悩んでいる時点で、無神経な男たちに付け込まれそうな気もする…。悩める男子は悩める女子に近付きはしないんだろうか…、なるほど、なかなか成立しなさそうな気がしてきた。
それにしても、学校での性教育のビデオはとにかく怖かった…。
シネコンの他のスクリーンは『すずめの〜』でとにかく人人人が溢れており、こっちは半分も席が埋まっていないような状態だったのは、もうね、時代なんだろうけど寂しかったなぁ。
絶対見た方がいいよ!とかは言わない。好みもあるし。
私自身、これまで観てきた映画の50本に入るかと聞かれたら、入らないと思うけど、スペクタクルな大作映画より、心の栄養になりそうな、そんな作品でした。
すごく久しぶりに劇場で観る幸せな時間を過ごしました。

