ちゃんと、伝えていますか?
大好きな友だちが、知らないうちにいなくなっていたら。
私はそういう経験を、自分の周りの友人たちより、少し多めにしているという自覚があります。
変な話、友人の親同士が地元のスーパーで顔を見るとか、そんな距離感の間柄だったら、知らないうちになんてきっとなくて。噂千里を走るわけ。実際、今私は4歳から住んでいた家に戻っているし、どこそこのスーパーで誰々ちゃんのお母さんがレジをしているのよとか、誰かのお母さんから、誰それの太郎ちゃん離婚したんだって、とか引きこもってるんだってとか、伝わってくるくらいの、町内会の諜報活動が見えるのです。
だけれども、そこから離れた人間関係。
特にね、親や兄弟とあったことない、または、本人がPC持ってなくてスマホのみで、年賀状は出すけど、住所録もないよ、ってなってくるとね。
想像してみて。
ある日突然、既読がつかなくなる。
誕生日のラインやメールが突然ぷつりと途絶えるの。
その相手が、元気いっぱいだったら積極的に縁切られたんだなで済むけれど、病床の身だったら。
特にコロナ禍を経て、入院している相手へのお見舞いとかができなくなったり、そして、病にやつれた姿見せたくないっていう友の矜持。
スマホのパスコードがどのくらい機密性があるかわからないけど、親族のだれも開けなかった場合にね、何かあったとき、便りがここまで届くかっていう話。
実際、届くよねって思っていた。
でも、私っていう存在を知らない親族側には、自分たちの悲しみを横に置いて、全友人に何とか伝えようなんて気力も労力もないって、私は知っている。知っていたのにね。
だから、ずっと後になって、友達の友達伝いに知らされたりする。
弟のときだって、100人以上の友人が集まったのは、私が連絡した3人ほどのごくごくよく知る弟の友だちから繋がりまくった結果であって、いまは、どうなんだろう。
繋がっているようで繋がっていないんだって思う。
こうやって、自分を納得させようとしながらも、頭がおかしくなりそう。
既読がつかなくなったLINEに、メッセージを送り続けたり、コールもせずに電話会社のアナウンスに切り替わる携帯に電話を繰り返したりする。
私が何かしてしまって、連絡を断たれたほうがまだマシだけれど、それすらわからない日々がどう終結できるのか。
聞きたくないけどそうしないと一歩踏み出せないところにいる。
おかしくなりそうって、あの時も思っていたのに。
あの時も、心に誓ったのに、
何を間違ったんだろうと思う。
要素がいろいろあるからって、変に気遣っている場合じゃないんだ。
元気じゃないってわかっている相手に、元気ですか?って気軽にLINEできなくなっていたのが、苦しい。
どうしていますか?
そう聞けばよかったと思いながら、葉書に書いた。
返事を待つ、っていっても意味がわからない。
何を待っているんだろうって、思うとまた、奥歯を噛み締めてしまう。

