あと5日なのね。
誕生日が後追いで祝日になった私。ちなみに母は生まれた時から誕生日は祝日で休日。そういえば、体育の日みたいに、動かされることがない祝日なんだから、なにがしかの時事があったにちがいない。
調べたら、母ちゃんの誕生日は新嘗祭の日、というのが由来だった。ものすごい由緒正しかった。
にしても、山の日ってなに。山の日って。海の日も謎だったけど、そっちがよかったってずーっと思っている。
それはさておき。
母との何某かの話題の中、
まず前提としてね、娘としては、私の現状、心配されるようなことはひとつもないとかなり強めに思っているんですね。仕事も安定しているし、我が家は、私が小学生くらいから"結婚なんてするか馬鹿馬鹿しい”のスタンスでやってきたので、父が健在の頃から、一度も結婚云々を言われたことはありませんでした。
弟が他界したときに、彼がそういう系の親の実はあったんだよ的な期待に応えてくれると思っていた私は、罪悪感のようなものを呪詛のように持ち続けた時期もありましたが、それでも絶対に自分のスタンスを取り続け、よく聞く正月に帰省すると襲われる圧がどうのこうの、っていうものも、一切受けることなくここまできたのです。
お見合い写真攻撃とか、あとは若い人たちで、みたいなやつ、なんかすごい料亭とかでご飯食べれるんでしょ?みたいな好奇心もあったのに、それはドラマなんかの架空の話なのかもしれない、と思うくらい。
「あいつはあれでいいんだ」
っていう父の声を記憶しているんです。
あいつは私のことなんだということも。親戚が集まるような場所だったはずで、なんとなく、こじつけかもしれないけど、20代だった私に、親類が世話を焼こうとしたことがあったのだろうかとか、思いました。
話がとてつもなく飛びましたね。戻します。
そうでない場合があることは世知辛い世の中の常ですけれども、母親というものは本当に、無闇矢鱈と子どもの心配をするものなのですね。
心配なのはこっちだよ!と母の様々な活動にいつもハラハラしている私にたしいて、この日の彼女の懸念事項は私の経済的な方へ。
だから、私は母に、自分の現時点での目標貯蓄額を達成している旨を、初めて明かしました。
そうしたら、母は一呼吸おいて私を褒め、噛み締めるような間の後で言いました。
「うちでちゃんと貯金できたの、あなただけね」
と。
は?
父は?つか、あなたは?
と、私。
「お父さんなんて、ほんっとうに、貯めてなかった。使い続けたじゃない」
って。
母は、家計簿つけたことがあるかと聞いた時に、若い頃につけたけどいつもマイナスになるからつけるのやめたって言ってたことがありまして。
そんな家庭でもね、子ども二人私立大学を卒業させられたんです。すごいね。
あ、でもそこには母の父、本当に寡黙にコツコツと、財を築いた技術者の影がありました。
私、貯金できない両親のDNAなんだ、そうなんだ‥ってこんな49も終わろうというタイミングで。
おじいちゃん、50年早く生まれてたら惚れてたぜって、何度か母にも言ったことがある、カッコイイおじいちゃん。
覚醒遺伝、できていますように。

