生きていくって、過酷だわ。
確かに、極楽浄土があるのなら、この世が地獄なのかもしれないって、今ちょっと思っちゃった。
なんて言っても、私自身は、幸せだし恵まれていると言い切れる。それは間違いない。
連日、報道はいちいちっていうくらいの事件を伝えるし、結局戦争は無くならないし、気候変動もそうだけど、天変地異の予感はいつだってある。
そういうあれこれぜーんぶひっくるめたら、過酷以外の言葉が見つからないなって思い至ったのは、故人となった友人のお母様へ、本当にやっと、手紙を認めたあとでだった。
報せをいただいてからずっと、こちらからもなにかを発さねばと、数ヶ月ずっと。
とにかく常に頭の中にあって、けどそこに目を向ければ過呼吸になりそうな月日を過ごしてきて。
でも、やっぱり、なに?! 私の中で彼女の存在、彼女にとっての私とは?とかそれこそノイローゼになりそうなくらいあれやこれやと思いを巡らせて、やっぱり年を跨いじゃなんねぇって、思い立ったんだからもうえいや!って。
そういう感覚よ。
そんな勢いにすがる思いで、慣れない縦書きの文字を認めた手紙を、封筒に収めました。
大切にしたい、本当に大事なひとへの想いをね、彼女とはそれなりに成熟し始めた人生の折に出会った存在だから、多少の照れもありつつ、感謝の気持ちはちゃんと伝えてきていたという自負があって。
だけれども、私に訃報を伝えてくださったお母様に気持ちを認めるとき、彼女自身に本当に伝えることはできていたのだろうかって、改めてしみじみ考えてしまった。
疲れ切っていた日にそういうことに手をつけてしまったために、やたらと妙な方向に気持ちがのめり込んでしまったのかもと思うけれども、本当にね、心底思うよ。
惜しみなく伝えないとって。
世界で起きているあれこれなんて、私自身の半径数メートルの世界観ではね、やっぱり他ごとなのよ。
政治経済宗教、大きな世界のあれやこれやに、関わらなければならない部分はもちろん手を出すけれども、忘れてはいけないごく身近なほんの一握りのことをね、ちゃんと手のひらに包まなきゃって。
最愛の息子と夫に先立たれた母は、私がダイビングに行くとなると、「生きて帰ってきてよ」と言う。
私としては、親より先に逝くことだけはしてはならんと、弟を亡くした直後からずっと思って生きてきているから、今更それを言われるのは、いちいち辛く染み入るものがある。
人の親になったことはないけれど、そういう気持ちは汲み取れるから、だから何かを言ったりできないし、そこにたてつくつもりはないのよ。
けどさ、先に逝ったものの命を残されたものに全部背負わせるのは、ね。
やめようよって、思いながらも、、
一歩一歩を踏み締めるしかないという人生は。
海とか星空が恋しくなる。

