あれから11年、か。

2011年3月11日、この日のことはいまだに鮮明ですが、
今日はその翌日からのことを思い出していました。
あの年の今日は確か今年と同じ金曜日でした。
私は次の日、土曜日の日中に当時通っていたフランス語教室に行くことになっていました。
でも、余震も続く中で外出するのも不安だし、電車がすぐに止まってしまったりするし、翌日は教室も休みだろうと、確認もせず、休んだ記憶があります。
そして、その後次々と変貌する社会に戸惑い、フランスは在日フランス人を軍が本国へ移送するとかそういった動きが一番早かったのではなかったか、フランス語教室の先生たちも帰国されているのではないかとか、HPを見ながら、これからも授業はあるのだろうか…なんて思っていました。
で、行かなくなってしまったのです。
フランス語、3年目とかだったと思うのですが、始めたときは、ちょうどパリ旅行の予定があって、気持ちもすごく盛り上がっており、クラスの人たちとも和気あいあいと、本当にすごく有意義な時間を過ごせていたのですが、クラスが入門から初級になって、顔ぶれが変わってから、ちょっと楽しくなくなっていたんですよね。
だから、今となっては分かります。言い方はよろしくないですが、便乗したようなものだなと。3回行かなくなったら、もう、行けなかった。
あれから、もう11年経っていたんだなと。
もし、いまも続けていたら、15年近くやっているわけだし、英語のレベルに近付けていたのかなーなんて思ったり、もっと見える世界も違っているのかもしれないなぁなんて、英語を再開したのもあって、すごく考えます。
最近、投資を始めたので複利の力とか、時間の威力を学びつつあり、長い年月について、色々考える機会が多くなりました。
通うことを諦めずに続けていても、今のいままで続いていたかはちょっとわからないけれど、続けていたらなぁって。
語学を学ぶことは、新しい世界や文化に触れることになるので、本当に楽しいものです。
特に最初の内は、ワクワクしかない。小難しくなって、明確だったはずの動機に、いつしかやらなくていい理由をいくつも薄ーく塗り重ねて、徐々に情熱がしぼんでしまうんだと思います。こんなに大変だと思わなかった、なんてことはない、分かっていたはず。
それにしても、11年。
フランス語はともかく、英語に関しては、学生時代からうん十年、結局未だにやはり身につけたいという気持ちがこんこんと湧いているわけなので、今度こそ…といった気持ちが改めて確かめられました。
あの日を境に、様々な日常が奪われて変化して、また新たなことが始まって、それがまた日常になりました。
そしたら今度はコロナ禍という緊急事態、ロシアの問題、日常というのは、本当に脆いものなのだなと、いままた考えさせられる日々。
こんな話をあえてこの日にあげなくても、とは思いながら、フランス語をやめたことは、自分の中では震災と結びついていて、ほろ苦い気持ちになったので、記しておくことにしました。

