ひたりたいわけではないのだけれど。
イベントにも行ったり、友達と遊びに行く予定を立てたり、中本でヒーハーしたりして、楽しい毎日を送っているのは間違いないのです。
でも、9月半分は完全にペースは狂って、体は元気ですが心と頭と表情筋が、予想通り、狙い通りに働いてくれません。
我が家では、そして私にとっては、弟を早くに亡くしたこともあって、年功序列なら別にいいという感覚はあります。ただ、それでいくと、一つとはいえ姉さん女房の母にとっては、なぁとも思ったりするけど、女性の方が長生きだと統計は証明しているし、大病もあったから予期していることではあったでしょう。
だから、悲しみはそれほどではないのです。
悲しみは癒える。私で言えば、骨になったら悲しみは終わった。
いまは、ただ、寂しい。
そして、淋しい。
唐突に気付いてしまいました。
父は、間違いなく、私という個人を、もちろん娘だからですが、地球上で誰よりも一番愛してくれていた人でした。
きっと、同じ熱量で見返りもなくあんなにも私を愛してくれる人は、後にも先にも、
父以外には一人もいないはずです。
おそらく娘と息子を持つ母親の多くがそうであるように、母は、私よりも、弟を愛していました。それはもう、私の母を知るすべての人が否定しないはずです。
そして、その母の弟への強い愛情に対して、何の卑屈さも感じなくて済むくらい、父が私を愛してくれていました。
どの家もそんな感じなのかは知らないけど、私も弟もそれを理解していたし、だから子供の頃は、親からは平等に愛情を注がれていたと感じていたと思います。
父の死で、私は、私をこの世で最も愛してくれていた人を失ったことになります。
その事実に、気付いてしまって、ものすごい淋しさが襲ってきました。
そう思うにつけ、親の愛情の深さというか、子どもにとっての親の存在の意味とか、色々考えるわけ。
父がいなくなったことそのものを淋しがっているわけではなくて、自分を愛する存在が消えてしまったことが淋しいのだろうか…なんてことを、ぐるぐると巡らせて、どうしていいのか分からなくなります。
さらにはこんこんと愛情を注ぎ続ける存在を早々に失った我が母の20年を思わずにいられない。
実家で母と片付けなどをしながら、話している時間がいまは一番心地よくて、生活が乱れ切ってしまっていたけど、
もう今年も残すところ3か月を切りましたからね、あまりもたもたしていられません。
そろそろ、しゃんとしないと。

こんな頃があったんだね、な、父。


お父様のこと心からお悔やみ申し上げます。
「お気持ちわかります」などと言う気はないのですが、
私も昨年突然母を亡くしました。
母は80歳でしたし、順番通りなのに、何でこんなにややこしい感情になるのだろうかと、
寂しかったり腹立たしかったりと、何だかんだ今も続いています。
そして私も自分の知らない時代の両親の写真を見て、こんな時があったんだなと思いました。
どうぞご無理なさいませんように。